意識くらい高く持て!知ることを敬遠する愚か者になるな!

オピニオン

 

こんにちわ、記事数が2桁になった、おそとです。

 

僕は、こうしてブログを書いていたり、講演会に行ったり、色々な活動をしているので、よく言われることがあります。

 

それは、「意識高いね~~。」

 

逆に問おう。

 

意識くらい高くなくてどうする!

 

 

とは、言われても、そうそう意識も変わりませんよね。

僕も高校生までは自堕落な人間でした。

大学受験の大失敗がきっかけが、たまたまちょっと意識を高く持つようになっただけです。

 

併せて読みたい:大学受験を失敗しても大丈夫!【失敗したけど得られた3つのこと】

 

しかし、この目まぐるしく変わる世の中で、意識くらい高く持っていないのはどうなのだろうか?

 

そこら中に、情報は転がっているのに手を出そうとしないのはどうなのだろうか?

 

私たちは恵まれた世の中にいる

私たちは、先進国で暮らしている。

 

多くのお金を使うことができ、選択肢も自由すぎるほど膨大だ。

 

ここで、発展途上国について考えてみよう

 

発展途上国の人は情報不足

発展途上国の商売人は、明日から違う仕事をしようと思うだろうか?

 

なかなか思わないだろうし、そういう発想すら思いつかない可能性もある。

 

それは、日本に比べて

1日の暮らしのためにお金を稼いでいる人がいる

転職支援などの就労支援がない

ネットがあまり普及していないので、転職サイトをみる手段がない

転職経験者の話を聞く機会がない

 

思いついたのはざっとこんな感じだが、1番上を除いて「情報」が絡んでいる。

発展途上国の人は「情報」に触れる機会が圧倒的に少ないのである。

そう、「情報不足」である。

 

情報がないことによって、行動ができないのである。

 

 

 

対して、日本はどうだろうか?

就労支援は整っている

転職サイトには求人情報が膨大に転がっている

転職経験者なんてそこら辺にいる

 

 

私たちは、情報を簡単に手にすることができるし、情報を使うことができるのだ。

 

知ることができる環境があるのは、恵まれている。

 

使わない手段はない。

 

ちょっと意識すれば、情報に触れて、使うことができる。

 

意識くらい高く持て!

 

情報=武器である

情報を知り、蓄積することは「武器」になる。

 

ただ、すぐに使えるとは限りません。

 

ネットで世界がこれからどう進むのかについての記事を読んでも、

「あ~~~、そうなんだ!」で終わることが多い。

 

有名な人の講演会に行っても、

「この人すごいなあ~~。」で終わってしまうことも多々ある。

 

だけど、その時学んだ知識が後で役にたつかもしれない。

 

大学の課題でレポートを書いているときに、あの時得た情報が使えるかもしれない。

企画を提案する時に、あの時得た情報のおかげで、みんなを驚かせられるかもしれない。

 

そう、情報は時に何かを起こしてしまう「武器」になる。

知ることは「武器」になるのである。

 

さらに、自分が好きなこと・やっていることの情報なら「武器」として多くの場面で使えるでしょう。

 

抽象的な情報は、なかなか吸収できてる感じはしないかもしれないが、好きなこと・やっていることなら目標が明確なので、取りにいく情報も具体的に頭に落とし込み、使えるでしょう。

 

自分が欲しい情報に貪欲になれ!

 

意識くらい高く持て!

 

知ることを敬遠する人がいるのも事実

「意識高い系」というワードを用いて、他人を小馬鹿にする人が少なくないのも事実です。

 

読者のあなたには、そんな人になって欲しくありません。

そして、無視していいです。

 

知ることを敬遠するする人は、情報が使えないだけです。

そう、不器用で、使えることに気づいてないだけ。

 

 

そして、「知っている」「知らない」では大きな溝があります。

 

あなたは、どちらの人間になりたいでしょうか?

 

さいごに

いかがだったでしょうか?

 

私たちは恵まれた世の中に生まれ、たくさんの情報に触れることができます。

 

それを使わないなんて勿体ないと思いませんか?

 

意識を高く持てば、自分の欲しい情報に触れ、だんだん使えるようになります。

 

僕がこうやってブログを書いているのも、インプットした情報をアウトプットして、日常で使えるようにしたかったから。

 

あなたも意識を高く持って、情報への感度を高め、使えるようになりませんか?

 

あなたの生活が少し変わるきっかけになるかもです。

 

意識くらい高く持て!